2013年8月21日水曜日

行ってきたぜ東北!初仙台!と、長い長い人生の一コマ。

ということで

東北自体、初、でしたが
新幹線というvipな交通手段で無事に行って帰ってきましたー!(笑

活動情報のところでは少し書きましたが
自分としては珍しいご依頼を頂き
遠く仙台まで伺わせていただいた次第です。


日本デザイナー芸術学院仙台校にて
『講演』
してきました…。
といっても、1人で喋って進行するのは自分では到底出来ないので
私を呼んで下さった、教務課の小笠原さんと
対談形式での講演という感じにしてもらいました。


なにしろこんな体験初めてなので
色々と戸惑いましたが
小笠原さんが私より5つくらい年下ながらも
めちゃくちゃしっかりしていて
大変助かりました(笑

質問はあらかじめ小笠原さんがご用意くださったのを
答えていくという感じで
項目はこんな感じでした。

・『作家』という道を進もうと思った時期、きっかけはなんですか?
・制作する時に心がけている事はありますか?
・活動していて嬉しかった事、困った事は何ですか?
・好きな作家さんまたは作品は何ですか?
・これから『プロ』になりたい学生に向けてアドバイス・メッセージを!



質問表はあらかじめ作って下さっていたので
行く前から考える事が出来たのですが
考えてみるものの、なかなか良い答えが思い浮かばず…(爆

『プロ』になりたい学生に向けて…
の部分以外、ほとんどその場で思い出した事を喋ってました。

なので、本番はかなり質問と答えの内容が合ってるような合ってないような
ちょっとアレな回答になってしまって、反省してます^^;

現実的な事を言い過ぎたかもー!(笑



スケジュールは大体こんな感じでした。

17日に仙台に着
↓
18日の講演の打ち合わせ(この時に小笠原さんと一回流してやってみた)
↓
夜は職員の方とご飯を一緒に。(ここで仙台名物を色々頂きました…!美味!)
↓
18日はプレ質問会みたいな感じで、在校生の希望してくれた子達に
聞いてもらいながら、講演もどき
↓
本番
(体験入学の子(&親御さん)達にゲスト講演という感じ
 プロジェクターで画像や質問を映していただきながら進行)
↓
イラストレーションコースの体験入学の子達と、オリジナルタンブラー作り
(のはずだったけど、私は色紙に描いていた…)
この時みんなで使った画材は色鉛筆
↓
終了
↓
お世話になりました。


お昼は豪華なお弁当もいただきましたー!とことんvip!
伊達!


宮城の美味しいものがこの一箱に…!
美味しかったです!



































***

本当に至れり尽くせりな旅だったわけですが
今回私を呼んで下さった経緯について
教えて下さったとき、笑ってしまいました(笑


小笠原さんが
デザインフェスタで出展している私のブースに目を留めて下さり
色々観て、画集を購入して下さったそうで

後日その、いわば戦利品を自慢するために
同僚の方に見せたところ
『この人仙台に呼んじゃおうか!』
という事になったんだそうです。(笑


考えてみれば
今まで活動してきて
結構そういう思いつきというか『やっちゃおうか!』
というノリのチャンスを
私は、たくさん頂いてきた気がします。

自分自身、有名でも、名のある学校を出たわけでも
何かの賞をもらった事があるわけでも
たいそうな実績があるわけでもなく

世間的にそういうある意味なんの確証(?)も無い人物に

時間やお金も掛かる
こういったチャンスを与えてもらえるというのは
本当にラッキーな事だと思います。

純粋に
絵だけを評価してもらえたのだと思って。


もちろんその他にも、色々と応援したいという
お気持ちも入っているのでしょうけれど

何より自分自身が『肩書き』だとかそういうのを
あんまり信じていない人間なので
こういう巡り合わせが多い事は
本当に有り難く、嬉しいです。


今回伺わせていただいた
日本デザイナー芸術学院仙台校さんは
職員の方が平均年齢30歳(!)と、自分と同じくらいで
その8割が、この専門学校の卒業生ということで
学生達の事を、本当に親身に
考えているんだなあ〜というのが伝わってきました。

加えて職員さんでありながら
自分自身、将来やりたい事のために
頑張っていらっしゃるという事を知り

何だか嬉しかったと同時に、本当に良い学校だなあ〜
と思いました。


本当に良い学校でした。

そして学校っていいなーと思いました(笑

高価な画材や工具、機械
フランス研修に展示会観覧
学生ならではの学生割引…!!!!

う、うらやましい!
羨ましすぎる!!!(笑

みんなこういうの最大限活用した方が良いよ!
その場所に居る時は、あまり気付けないけれど。




全てが終わり
帰りに車で駅まで送ってもらう際に
現役の声優さんとご一緒させていただきました(!)
(その方はよく仙台校で講師をしていらっしゃるらしく!)

いやあ
フランクに話しかけて下さる上にイケメンで
無駄にドキドキしましたよ!(笑
声優でイケメンってあれですよね、天は二物を与えた系ですよね
でも
『僕は絵が本当にだめで、周りからは(ダメな意味の)『画伯』って
呼ばれてるんですよー笑』

と仰ってて、ちょっと安心してしまいましたw


***


ブレまくり!
これ『はやぶさ』じゃないの??
はやぶさのかたちをした『はやて』にのりました。
後ろにくっついてた赤いカラーリングの車両は
グランクラスなのかな






















帰りの新幹線の中で
一人脳内反省会をしていたら
いつの間にか人生を振り返っていました。


うちは自営業で
私たちこどもは4人兄弟で
私は真ん中。

素晴らしい技術を持ちながらも、人間関係が不器用で社長な父。
以前は二人くらい雇っていたけれど
今は父一人。

母は子供が大体大きくなった頃に別の仕事に勤め出し
働きながらも父を支えている。

『お金は無いんだ』という認識は
子供の時からあった。

主に母の話をよく聞いていたからかもしれない。



父は自然遊びが大好きな人なので
山や川へ良く連れて行ってもらった。

ディ○ニーランドやテーマパーク
などというものには
縁のない子供時代だった…。
(父の『◎歳になったら連れてってやる!』という約束は
 今でも果たされないままである。弟達はこれを結構根に持っていた。)

子供時代に買ってもらったもので
覚えているものは

・金魚注意報のわぴこのラッパ。
・なかよし。
・リカちゃん人形。
・秘密のアッコちゃんコンパクト。
・セーラームーンのちびうさのステッキ?

(年代を感じるなあ…w)

子供時代に好きだったのは
お菓子と、歌と、
夕暮れに、部屋の一室から暗くなった居間に漏れる
西日の光。

夢は『絵を描く人』
漠然と、絵を描く人になるんだと思っていた。(笑


小学生や中学生の頃
『うちはお金が無いからなあ…』と思いつつ見ていた画材を
母が買ってくれた。

母も若い頃
絵が好きだったらしく
口癖は『手を上手く描けるようになったらいいね』
(母は手を上手く描けなかったらしいw)



小学校に入ると急におとなしくなって
(保育園(幼稚園?)の頃は本当におてんばだった)
絵に没頭しはじめた。
セーラームーンを真似して絵を描いた。
幼なじみの子達と三人で交換日記ならぬ交換漫画をしていた。
オリジナルの漫画だった
はずかしすぎる(笑

中学校辺りは
CLAMP全盛期で、CLAMPがチームで作品を作っているという事に
刺激された。

高校に行く意味を見つけられなくて
幼なじみの子達と同居して暮らす!と両親にたてついた。(結構無謀)
『高校だけは行っておけ!』という両親の思いに屈し
あるいは決意がもろかったのか、結局農業高校に進学した。


農業高校にしたのは、普通の学校(の勉強)が嫌だったからだ。
そして公立だったからだ。
私立の美術系の学校もあったけれど

兄は私立に行ってお金が掛かっていたし
私は特に明確な目標もなかったので公立にした。

それに通信教育で絵の勉強もはじめたところだったので
それでチャラだと思っていた。(これにもお金掛かったので)

もともと中卒で働いてみんなで絵を描いて暮らすんだー!
という気でいたので
特に高校には期待していなかったけれど

高校に入って良かったと、今では思う。

農業高校は土と触れ合う時間が多かったし
育てたものを、実際に売りにいく実習もあったので
『勉強』という感じではなくて、楽しかった。

高校の卒論で、食べられる花(エディブルフラワー)
のことを書いたのだけど
それに添える、花の挿絵を書くために
実際の花を観ながら写生をした
その時に改めて『植物ってきれいだなあ』と知った。

小さな種の中から
あんなに大きな芽が出て
そして何倍もぐんぐん育って、美しい色の花を咲かせる。
その花も細かい法則で出来ていて
細かい細工のようで見蕩れた。
写生をしていて、どういう造りになっているのか
『観る』のが楽しかった。

これが高校時代に得た大きなものだと思う。


高校の頃はそういえば
携帯電話をほとんどの同級生がもっていたけれど
私は持っていなかった。
お金が掛かるし、別に今は必要でもないと思っていたからだ。

メールアドレスを交換しているのを見ると
『いいなあ』と、ちょっと思ったのは事実だ。(笑

高校卒業前
進路を考える時に
美術の大学を考えなかったわけではない。

半分はお金が無いという理由があったし
さらに弟達はそれぞれ地元と、東京の専門学校に行きたい
と言っていたし、
半分はうぬぼれで、どうにかなると思っていた。


最終的に『本当に行きたかったら、社会人になってからお金を貯めてからでも行ける』
と、思えたから
就職する事にした。


それから色々あって…
と、書きだしたらこんなに長くなってしまったけれど


私は結構『お金が無い』から、自分でなんとかする
というのが基本だった気がする。

けど、私自身お金に困った記憶はほとんどない。
それは極力お金が発生する方向に進まなかったからという事や
両親が最大限頑張ってくれていたという事もあるけれど

これがあったからこそ
今まで頑張れたような気もする。

頑張る、というか

『美大に行けなかったから』
ということは言い訳にしたくなかった。

美大に行かなくてもなあ
これだけ描けるんだぞ!というのは証明したかった。

だから私は肩書きだけを信じないし
それを掲げて偉ぶっている人が好きではないし
実は、それを盲信している人も、あまり好きではない。

私の先生は自然であり、学びたい、知りたい!
という心だったと思う。

それと
自分自身が動き始めた時から今まで
いろんな世界を見せてくれた人々との出会いや
出来事があったからこそだ。
本当に、感謝している。



仙台に行く数日前に
父方のおばあちゃんが亡くなった。

おばあちゃんとも色々あったから
色々感謝した。

亡くなってから通夜があって、お葬式があって
翌日には仙台
という結構なスケジュールになってしまったけど

新幹線の中でこういう人生を色々振り返ることができた。



はじめて唐突に
『自分て頑張ってるなー』
と、思えた。

こういうこと自体、自分で言うのもどうかと思うけど(笑

自分
でもあるけど

うちの家族というか

うちの家族、頑張ってるよなー
と。



こんなことは
言ってみればどの家族も頑張ってるんですが

なんだか初めて認識できました。


そりゃあ、派遣とかの仕事を思い切ってやめて半年後には
『そろそろどこかに勤めて働いてくれない?』
とか言われたり、そういうのも、もちろんたくさんありました。

言わないだけで。

結構私は、人に『両親に応援されてていいね〜羨ましい。』
とか、『悩み事もなさそうだね』
とか、言われますけど

言わないだけで、結構ありますよ!
両親にお世話になっている身分で言える事でもないかもしれませんが。。。


ただ父は自営業だし(自分もやりたいようにやってきた)
母は、お金をやりくりするのが本当に大変だと思うけど
母がしたかった事を子供達がしているし

いつ芽が出るかもわからない子供達の夢を
子供達の決意を知って
借金しても応援してくれて(主に弟達のですが!)

親族や知り合いにも迷惑がかかる事もあり
肩身の狭い思いもたくさんしたと思いますが
それでもなんとかこれまで育ててくれました。

弟達も東京で自分達のやりたかった仕事に就き
若々しく活躍しながら
借金の支払いもちゃんとしています。


がんばってる。

がんばってるよ。




仙台の学校の学生達は
生き生きしていました。

あの子たちも、こんな風に想う時が来るのだろうか。

今はきっと、絵の技術を上げたいとしか
思えてないだろうなあ

質問の内容が、そうだったから(笑
そして、わたしもあの頃はそうだった。


絵を描く事と
生きる事が、社会に出ると分断されそうになる。
多くの大人は『趣味にしとけ』と言うのだ。

その時に初めて
多くの大人にとって『生きる』という事と
『表現する』というのは別で考えなくてはならない
という暗黙のルールがあるのだと知る。


他人は本当に勝手なことを言う。

からこそ

それを参考にして
『自分はどうしたいのか』
と、自分に向き合う事になるだろう。

自分の人生に責任を持てるのは
自分だけなのだ。


他人が良くも悪くも言ったって
その人は責任を取ってくれないし
そもそもとるつもりもないだろうし
そしてとれないのだから。


あ、あと
若い人に言っておきたいのは
たとえ絵がものすごく上手くたって
自分自身が行動したり、色んな人に見てもらわなければ
絵で飯を食うという事の切っ掛けは
よほどの天才かラッキーマンじゃない限り
難しいという事です。
今はネットという、心強いツールもありますが
基本は、本当に自分がどうしたいかだと思います。
どんな生活がしたいのか
誰にどんなものを観てほしいのか。
誰にどんな事を伝えたいのか。


私も多分、若い頃は
そこらへんを間違えてました(笑
ある意味でシンデレラストーリーを思い描いていたようだから。

ただ、自分で求めて動き始めると
自分の世界は動き始めます。
本当に。



今回は改めて色々な事を振り返る機会を頂いたような気がします。
と、同時に
私に関わってくれた全ての人に、出来事に、チャンスに
改めて感謝をしたいです。

自分自身もこれから
もっともっと精進して
そしてどうしていきたいのかも
もっと具体的に考えていこうと思います。



仙台校の小笠原さんはじめ
職員の皆さん、堀江さん
私の話を聞いて下さった皆様
心配してくれたみんな

ありがとうございました。

これからもよろしくお願い致します!!




長い長い人生の一コマを
ここまでみて下さって
ありがとうございます。


『色々やりたいことやったなー』か
あるいは『あと少しだけ生きたかったなー』
と思いながら死にたい。




4 件のコメント:

  1. 昨日は(も?)長時間お付き合いありがとう!
    話を聞いてもらって、話を聞けて、自分としては楽しい時間を過ごさせてもらいました。
    イケメンいいな!(観点はソコなのか)
    買ってもらったオモチャ、流行っていた? 真似した? 絵・・・・と似たような感じだ。
    画風は違うが、やはり同世代だね!(笑)
    いつの出会いがどのようになっていくか、っていうのはホントわからんモノですな。
    そして自分を認められるっていうのは、イイ。
    (オススメ? してもらった本をじっくり読みたいトコロ(←まだ読んでない))
    『自分はどうしたいのか』に尽きる。と、思いつつ
    どうして自分は他人の目を気にしている自分なのだろう・・・・とも思う。
    『具体的に考える』っていうのはやはり大事なのだね。と、改めて思う。
    自分はどうしたいのか、に連なるコトですな。
    最後に、おばあちゃんの冥福をお祈りいたします。
    (笑うとこじゃないとこで笑っとった気がする。申し訳ない)
    長々失礼・・・・。

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    返信
    1. n2さん

      こちらこそ、ありがとうございました!
      お返事遅くってすみま千円。。。

      イケメンすばらしいですよね!(笑

      本、どうだったかまた感想聞かせて下さいねー!

      私が言えた立場ではないとは思いますが
      何か色々を考える切っ掛けになったら
      と…。

      私も、私が何をしたいのか、何が好きなのか
      色々しましたよ〜
      今でもたまにしますが(笑

      紙に自分で自分への質問を書き込んで
      自分で答える(書き込む)とか(笑
      (紙上に思考を書き留めると、時間を置いて見た時に、自分が何を考えているのか
       客観的に捉えられたりします)

      あとは色んな雑誌や色を見て
      直感的に気になったものを切り取って
      集めてみたり…(笑

      内側からというより
      外側から自分というものがどういうものなのか
      確かめようとしました。

      ハッキリした答えがあるわけではありませんが
      これについては
      そういう過程が大事だったのかなと思います。


      >(笑うとこじゃないとこで笑っとった気がする。申し訳ない)

      えっ
      なんか言われましたっけ??

      また諏訪やら麻績やらよろしくお願いしまーす!(笑

      削除
  2. ダイアリーを読んでいました
    仙台デザイン専門学校の講師に行かれたこと
    お疲れ様です

    絵をかくってそう簡単には
    あれこれスターにはなれないもので・・
    読みながらああそうだなーって思いました

    巡り巡って自分も絵を描くようになって
    何年か経つのですが
    サイトとかというのは結構あとで
    手書きして手書きして・・・・
    学校行ってというのはうんとあとで
    先に仕事してました。

    将来の夢は・・かなり飛び散っていたので
    何にも考えられなかったですが
    いい加減ちょっと勉強をと振り向いたら
    会計の学校ではなく デザイン系の学校で
    よく考えたら 算数好きじゃなかったんだって。

    えー人は何が向いてるかをよく考えるべきだと思います
    (自分だよ)

    PCができないといけない世代に入ってたので
    それもあり・・どこかできーぼどをワープロからPCにて
    勉強しなおす事しか考えてなかったかと
    PCの前に放課後ここぞとばかりたたづんでいました・・。
    おうちにPCなんてものは当時全くありませんでしたから
    ガッコで使ってどんだけのもので大事な時間を
    課題と共に格闘しつつPCが大事だなーと思ってました
    ネットはその後か途中で調べもの程度でしか使ってなかったな~と。
    そんな感じで今手書きをしてネットをして
    ツイッターができないところですが erさんの
    お話は身につまされました

    頑張ろうと思います

    ありがとうございました

    ぴよぴよ工房 ぴよ

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    返信
    1. ぴよさん

      こちらにもコメントありがとうございます!^^

      ぴよさんは実際に後で学校に通われたのですね
      新しく学びなおすという事は、なかなか億劫な事ではありますが
      実際に行動に移すというのは大変な勇気だったんではないかと思います。

      私こそ、身につまされます(笑
      ありがとうございます!

      (私も算数数学苦手ですw)

      人生の先輩方から見れば
      自分などペーペーだとは思いますが
      人生常に勉強ですね〜^^;
      苦手な数字も結局は勉強せねばですし。。。

      私も頑張ろうと思います!
      ありがとうございます!^^*


      eri

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